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甲府地方裁判所 昭和23年(ワ)33号 判決

原告 秋山太市郎

被告 有信産業株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し甲府市百石町十八番地の一宅地三百四十五坪一勺のうち、別紙第一目録<省略>記載の土地を、その地上に存する別紙第二目録<省略>記載の建物を收去して、明け渡せ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

本件三百四十五坪一勺の土地はもと古谷慶次郎の所有に属していたが、大正六年清水一五郎がそのうち別紙第一目録記載の部分を右古谷から普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、右土地上に家屋を建設所有していたところ、大正七年中原告が清水より右土地賃借権を右家屋と共に賃貸人である古谷の承諾を得て譲り受け、かつ同人との間に賃料を一ケ月金九円十三銭毎月払と協定した。そして同土地上に更に家屋を建設し、各家屋につきその旨の登記をすませたのである。然るに、昭和二十年七月右各家屋が戦災によつて全部焼失したところ、古谷は翌二十一年二月十三日本件土地を小池修一に売り渡してしまつたが、原告の前記賃借権は戦時罹災土地物件令第六条によつて小池に対抗し得るものである関係上、小池は本件土地を買い受けその所有権を取得するとともにその賃貸人の地位をも承継し、従つて原告は本件土地につき同人を賃貸人とせる賃借権を有するものである。そうであるのに被告は本件土地上に別紙第二目録記載の建物を建設所有して右土地を占有し、原告がこれにつき有する賃借権を侵害しているから、原告は右賃借権に基き同建物の收去及びその敷地たる右土地の明渡を求める。

そして被告の抗弁に対して次のように述べた。

抗弁(一)の事実は全部否認する。

抗弁(二)については、罹災後原告が本件土地から肩書地に転居し、昭和二十年九月四男秋山利之に被告主張のバラツクを本件土地西北隅に建設居住させ、本件土地上に菜園を設けて耕作させていたこと、同人が同年十一月頃右バラツクを向山吉雄に売却して他に転居したことは認めるが、右はバラツクだけの売却であつて本件土地賃借権はこれに含まれていたのではない。のみならず同人は原告に無断で右の挙に出たのであつて原告の意思に基くものではないからその効果は原告には及ばない。しかもその後も同人は本件土地上の菜園の耕作を続けていたのである。なお、昭和二十一年五月原告が被告に便壺敷石等の返還を要求した事実は認めるが、それは被告が右便壺等を隣接地に運び出したからその返還を求めたのであつて、本件土地を使用することを断念して右要求をしたものではない。右のような次第であるから利之がバラツクを売却したことによつて原告が賃借権を失つたものではなく、又これを放棄したものでもない。又、仮に利之がバラツクと共に土地賃借権を譲渡したとしてもそれはバラツクの敷地の賃借権のみであり、これを以て原告が本件土地全部の賃借権を放棄したものとみることは到底許されない。

抗弁(三)については、仮に被告が小池修一からその主張の日時その主張の条件で本件土地を賃借したとしても、罹災都市借地借家臨時処理法第十条は罹災建物の滅失当時から引き続きその建物の敷地に賃借権を有する者をして罹災当時その賃借権若しくは地上建物の登記の有無に拘らずその賃借権を以てその土地につき権利を取得した第三者に対抗せしめんとしたものと解すべきであるから、原告は同法条によりその賃借権を以て被告に対抗することができるものといわねばならない。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、との判決を求め、原告主張事実中、原告が昭和二十年七月の戦災により滅失したその主張の家屋についてその主張のような登記を経由した事実はこれを否認し、その余の事実は全部認めると述べ、抗弁として次のように陳述した。

(一)、原告と古谷慶次郎との間の本件土地賃貸借契約には賃料が三ケ月以上延滞したときは、何等の催告及び解除の通知を要せず同賃貸借契約は当然解除となり終了する旨の条件が附せられていたものであるところ、原告は昭和十九年三月から引き続き三ケ月間賃料を延滞したので、同年五月三十一日原告の賃借権は条件の成就による賃貸借の終了によつて消滅した。

(二)、仮にそうでないとしても原告は昭和二十年七月の罹災後肩書地に転居したが、同年九月初頃原告の四男秋山利之をして焼トタン等を以て本件土地西北隅に約二坪のバラツクを建設せしめてこれに居住させ又、本件土地上の一部を菜園とし蔬菜類を栽培させていたところ、同人は同年十一月原告の代理人として右バラツクを本件土地賃借権と共に向山吉雄に売却したので原告の賃借権は消滅した。仮に右譲渡がバラツクのみであつて土地の賃借権は含まれていなかつたものとしても、その頃原告は本件土地賃借権を放棄したものである。

即ち向山は昭和二十一年十月本件土地の前所有者である古谷慶次郎の要求により右バラツクを收去して本件土地から退去するまで約一年間右バラツクに居住し本件土地上の菜園を耕作していたが、その間原告から一回も立退を要求されたことはなく、又同年五月原告は被告に対し、本件土地を使用することを断念して右地上にあつた原告所有の便壺敷石等の返還を要求したことがある。このような事実から見れば原告は前記の時期にその賃借権を放棄したものであることは明かである。

(三)、仮に以上の抗弁が容れられないとしても被告は昭和二十一年四月一日小池修一から本件土地も含む百石町十八番地の一の土地を普通建物所有の目的で期間の定なく賃料月二千円と定めて賃借し、右賃借権に基いて本件土地を適法に占有しているものである。而して原告は本件土地の賃借権について登記なく、又罹災前本件土地上にあつたその所有家屋の登記もなかつたのであるから罹災都市借地借家臨時処理法第十条の保護を受けず、その賃借権を以て被告に対抗することはできない。

よつて原告の請求に応ずることはできない。<立証省略>

三、理  由

甲府市百石町十八番地の一宅地三百四十五坪一勺の土地がもと古谷慶次郎の所有に属していたこと、大正六年清水一五郎が古谷からそのうちの別紙第一目録記載の部分を賃借してその上に家屋を建設所有していたこと、大正七年原告が清水から右土地賃借権を地上家屋と共に賃貸人の承諾を得て適法に譲り受け、古谷から原告主張の条件で土地を賃借していたこと、原告が同地上に更に家屋を建設所有していたこと、昭和二十年七月本件土地上の原告所有家屋が戦災によつて全部焼失したこと、昭和二十一年二月十三日古谷が本件土地を小池修一に売渡したこと、被告が本件土地上に原告主張の建物を建設所有して本件土地を占有していることは当事者間に争がない。而して被告が右小池修一から被告の主張の日時その主張の条件で本件土地を賃借したことは証人小池修一の証言によつて認め得るところであるから、原告の有する本件土地賃借権が賃貸借の解除、譲受、放棄等によつて消滅したかどうかの判断は暫くおき、まず罹災建物が滅失した当時から引き続きその建物の敷地に賃借権を有する者が右建物滅失後その敷地を賃借権に基いて占有している第三者に対しその明渡を請求できるかどうかの点について考えて見る。ところで賃借権が我が民法上一種の債権であることは同法の編別上の位置、規定の内容その他によつて明白であり、建物所有を目的とする土地賃借権については建物保護に関する法律、借地法等により、賃借人の地位が著しく強化されたことは疑いないけれども、それは未だ賃借権の債権である本質を変更するまでに至つたものと解すべきではない。而して債権は物権と異りいわゆる排他性のない結果たとえ対抗要件を備えた賃借権を有する者と雖も別個に賃借権の設定を受けた第三者の権利行使の結果による侵害をその賃借権に基き排除し得ないことは疑のないところである。このことは本件の如く罹災都市借地借家臨時処理法第十条によつて保護される賃借権と雖も異るところはないのである。してみればこの点だけで原告の請求は理由がないことは明かであるから他の争点についての判断を省略してこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 石田実 滝川叡一)

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